徳田秋聲の昭和
更新される「自然主義」

徳田秋聲の昭和 更新される「自然主義」
著者: 大木 志門 [著]
ISBN: 978-4-901988-30-8
判型: A5判上製
刊行: 2016年3月
定価: 4,000円+税

1知られざる秋聲像(モダニティ)の探求 資本主義と戦争の時代の中で自然主義/私小説作家のイメージを刷新するこれからの秋聲研究のスタンダード

自著を語る

大木 志門

 本書の目論みは、徳田秋聲の文学に、既存の「自然主義文学」という枠組みを超えて新たな解釈を与えることにある。原稿など新発見の一次資料や多数の同時代文献、社会的事象と作家および作品を突きあわせ、積極的にテクストの「外部」を読む方法により、「無理想無解決の文学」「非社会的な作家」と捉えられてきた作家イメージを更新し、欧米文学の手法を積極的に受容する「現代的」で、常に時代状況と対峙しながら創作を続けた「社会的」な作家像を提示することを試みた。
第1部では、『仮装人物』執筆の昭和10年前後を問題とし、特に「文芸復興期」と呼ばれた「準戦時」における文壇状況と作家および作品の関連を分析した。秋聲が短篇「町の踊り場」で文壇復帰した昭和8年の「文学と政治」問題とそれへの応答(第1章)、続く文壇の「リアリズム論争」「長篇小説論争」「私小説論争」と、秋聲が海外新文学の摂取と平行し提唱した「自然主義の建直し」との関連(第2章、第4章)、さらに作家がそこで獲得したと考えられる主体認識より難解で前衛的な作品とされてきた『仮装人物』の読解を試みた(第3章)。
第2部では、『仮装人物』前史である大正15年に始まる「山田順子事件」とそれを題材とした「順子もの」短編を対象に、出版ブームと文壇ジャーナリズムに象徴される資本主義下の文学と作家の問題を論じた。文学者の恋愛がマス・メディアに逐一補捉され、それが創作行為と連動する未曾有の現象となった「順子もの」の特徴とそれを可能にした文壇/社会状況を明らかにし(第5章)、また秋聲にそのような認識を与えた女性作家・山田順子について、メディアと作家/作品の「間テクスト性」を利用したその特異な履歴を、新出資料である順子の旧蔵スクラップブックから論じた(第6章)。資料編として「順子事件」に関連する同時代文献リストを付した。
第3部では、最後の長篇『縮図』を中心に、戦時下という危機の時代における文学と作家の問題を検討した。内務官僚の松本学が主導した「官製文芸院」問題に対する秋聲の発言とその意義の分析を準備作業とし(第7章)、『縮図』の草稿と挿絵原画を用いた作家の創作意図の抽出と戦時下の新聞小説と「検閲」との関係を明らかにし(第8章、第9章)、さらにその草稿と現行本文の比較による未完の長篇に隠された構想を提示することを試みた(第10章)。
 本書の出版により、体系的な研究の極めて少ない、しかし全集の完備で近年活性化しつつあるこの作家の研究が発展することを祈っている。ぜひ若い研究者の方々にお読みいただき、秋聲文学の様々な可能性に触れていただきたい。

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