著者: | 石川 真作 [著] |
ISBN: | 978-4-901988-20-9 |
判型: | A5判上製 |
刊行: | 2013年3月 |
定価: | 6,700円+税 |
ヨーロッパにおける「ムスリム」移民の代表格であるドイツ在住のトルコ系移民が、進められる「社会的統合」施策の中、地域での生活の中から新たな社会関係を構築しようとするリアリティを浮き立たせた人類学研究。ともに生活しトルコ系移民の内部に分け入って活写するそのポテンシャリティは、「多文化共生」「想像の共同体」「トランスナショナリズム」「文化的リテラシー」といった「ことば」の再吟味を促すとともに、日本の今後の移民政策に大きな示唆を与える。
石川 真作
本書は、「移民国家」へと変貌を遂げるドイツにおいて進められる「社会的統合」施策の中、トルコ系移民が社会空間に参入しようとする局面を分析している。
筆者は、1990年代からドイツにおいてトルコ系移民を対象としたフィールドワークを継続してきた。その間に、ドイツ社会とトルコ系移民との関係は、劇的に変化した。かつて血統主義的ナショナリズムを標榜し、良くも悪くも「ドイツ民族」の国家として自己規定してきたドイツは、外国人労働者の受け入れ開始から50年を経る間に断続的に制度を改変し、21世紀に入ると名実ともに「移民国家」となった。そこで展開されるのが「統合」施策である。これは、移民をドイツの社会の一部として受け入れることを意味しており、言語習得と職業訓練により経済的自立を促すことがもっとも重要な課題とされている。一方で、移民の文化をドイツ社会にどのように受け入れるのかという点については、いまだ多くの議論がある。2010年にメルケル首相が言及した「多文化主義の失敗」が示唆するのは、トルコ系移民を含むムスリム移民などの持ち込む「異文化」をドイツ社会に受け入れることの難しさである。
この点について、本書では、文化人類学的手法と発想によって斬りこんだ。重要な視点は、生活様式としての「文化」と、言説上の「文化」を区別して捉えることである。すなわち、文化が生活様式であるならば、ある社会で生活を営みながら文化がその社会から乖離しているということは本来あり得ない。そこから考えると、ドイツで生活しているムスリム移民がドイツ社会から乖離した独自の文化的空間を作っているというといるという捉え方は、言説空間において他者化された「イスラーム文化」を対象とした議論である。移民たちの生活がドイツ社会に深く埋め込まれているものである一方で、このような言説上のセグリゲーションは簡単には解消されない。そのような視点から、実際の社会空間において展開される複雑な状況を描き出したいと考えた。現実には移民たちは、そのセグリゲーションさえ利用しながら、ドイツ社会に自らの居場所を確保しようとしている。
そのうえで、ドイツにおける移民の文化の「独自性」を捉えるにあたり、生活様式全体を形成する「文化」そのものとして捉えるのではなく、必要に応じて部分的断片的に出身文化を参照する「文化へのリテラシー」と捉えることを提唱した。そこから、文化的多様性を織り込んだ社会的統合が可能となると論じ、多様性を包含する新たな公共空間を構築する可能性に目を向けている。