太宰治の自伝的小説を読みひらく
「思ひ出」から『人間失格』まで

太宰治の自伝的小説を読みひらく 「思ひ出」から『人間失格』まで
著者: 松本 和也 [著]
ISBN: 978-4-901988-15-5
判型: 四六判上製
刊行: 2010年3月
定価: 2,400円+税

「太宰治」と署名された自伝的小説”を取り上げ、それぞれの受容史や表現機構に応じた戦略的なアプローチを採り、読みひらくことを通じて、太宰治作品群のポテンシャルを引き出し、建設的な読みを提示する。

自著を語る

松本 和也

 本書では、太宰治の作品群のなかから、特に自伝的小説と目されてきたものをとりあげ、多角的な検証を試みました。具体的にいえば、「思ひ出」・「断崖の錯覚」・「HUMAN LOST」・「富嶽百景」・『津軽』・「十五年間」・『人間失格』の七作品です。自伝的小説とは、「そこに書かれたことが作品外の社会的存在としての作家にいつも参照され、作家の物語、作家をめぐる物語として神話形式を促し、社会的に消費される(少なくともそのことを拒まない)作品」(西谷修『離脱と移動』)です。 さて、こうした書物をまとめるに至った動機としては、太宰治受容の現状があります。スキャンダラスで魅力的な人生を送った太宰治とは、とかく人物像(キャラクター)に注目が集まる作家なのです。しかも、太宰治本人も、自身の実人生をモチーフにした小説を書きついでもいたのです。このような太宰治とは、あたかも虚構=小説と現実=実人生とを渾然一体化させるかのような作家人生を歩んでいたのです。そうした条件が重なった結果、作家神話が生成され、一人歩きし、あるいは大きな人気を呼び、あるいは消費されつつあります。 それはそれで、太宰治に限らず、大なり小なり芸術家には起こりうる凡庸な事態ではあります。また、太宰治の文学が、その人物像(キャラクター)の魅力ゆえにひろく読まれるならば、それは喜ばしいことに違いありません。
それでも問題だと思うのは、作家神話に包まれ、その人物像(キャラクター)に目を奪われている限り、その枠組みにそぐわない作品(全き虚構)は読みすごされがちとなります。また、太宰治の自伝的小説は、虚構=小説としてではなく、実人生をめぐる一資料とみなされてしまいます。 本書が中心的に取り組んだのは、ここにいう後者の問題です。つまり、太宰治の自伝的小説を、実人生をめぐる一資料としてではなく、虚構=小説として読む、という研究プロジェクトです。そのことによって、作家神話という枠組みからは視角になってしまうポイントを見出し、あるいは、自伝的小説に内包されていたポテンシャルを、戦略的なアプローチによって引き出す──こうした営みを積み重ねていくことで、太宰治の自伝的小説をめぐる新しい研究ステージをきりひらくことを目指しました。その成果は、本書末尾にも記したように、お読みいただいた読者の方々にひらかれています。太宰治の作品とあわせて、拙著をお読みいただければ幸いです。

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