著者: | 松繁 卓哉 [著] |
ISBN: | 978-4-901988-16-2 |
判型: | A5判上製 |
刊行: | 2010年3月 |
定価: | 3,400円+税 |
保健医療の在り方をめぐる「患者中心」というコンセプトに潜む「知」の問題に、批判的言説分析というアプローチで迫る。英国での調査データから得られた知見をもとに、医学教育改革と患者の自助活動という対極にある二つの動向に目を向け、「患者中心の医療」をめぐる今日的状況の中で、健康と病を取り扱う「知」と「専門性」について考察する。
松繁 卓哉
今日、医療のあり方について議論される時、「患者中心の医療」というフレーズが、しばしば登場します。一方で、このフレーズには常に、その意味するところの曖昧さが付随しています。「患者が医療の中心にいる」とはどういうことなのでしょうか。「患者中心の医療」を実現するために、誰が、どのようなことをすべきなのでしょうか。
昨今、医療の世界では「科学的根拠にもとづく医療(evidence-based medicine: EBM)」という概念が広がっています。治療における医療者の恣意的な判断を排除し、科学的エビデンスに立脚した治療が患者に対しておこなわれるべき、とする見解です。この「EBM」という概念については、解釈の仕方に幅があり、しばしば議論の種になっています。この点は「患者中心の医療」というフレーズをめぐる状況に酷似しています。解釈に幅があるがゆえに、「EBM」と「患者中心」とが、いかにして両立するのか、という点についても混沌とした状況があります。
一つの概念について、その解釈が社会において単一的であることは、むしろ稀であると言えるでしょう。そこで、「誰が、どのようなことを語り、その結果どのような動向を生み出しているのか」という社会学的な問いが意味を持ってくるわけです。本書は、まさにこのような問いを「患者中心の医療」というフレーズに対して投げかけるものです。
「患者中心の医療」に関わってくる多くの人々のうち、キープレイヤーは患者と医療者になるでしょう。実際に、この二者が「患者中心の医療」の実現のために多くの労力を費やしてきました。しかしながら今日目にする「患者中心の医療」の実現のための取り組み(制度改革や研究など)に「患者の不在」があることを指摘しなければなりません。医療関係者の多大な労苦が注がれていることは間違いありませんが、そこに患者が関与する機会はまだまだ限られています。患者不在の場所で「患者中心の医療」が議論される事態を、どう理解すれば良いのでしょうか。
このような状況の中で、「患者中心の医療」を念頭に置いて医療者・患者の双方が展開する取り組みの事例を本書は社会学の視点から読み解いています。本書を読み進んでいただければ分かるように、この作業は「知」というものの成り立ちを考えることを余儀なくさせるものでした。この研究の成果を公表する機会を与えていただいた立教大学出版会をはじめとする関係諸氏に感謝申し上げます。