著者: | 金綱 基志 [著] |
ISBN: | 978-4-901988-12-4 |
判型: | A5判上製 |
刊行: | 2009年3月 |
定価: | 3,800円+税 |
なぜ企業は多国籍化するのか?市場に対する組織の優位性とは何か?なぜ知識の移転は難しいのか?現地で知識はどのように生まれてくるのか?次々と生まれる問いを、理論的・実証的に探究する。
金綱 基志
企業はなぜ多国籍化するのかという問いの検証は、多国籍企業研究の大きなテーマの一つとなっています。こうした問いへの解答を、市場の不完全性に求めたのが内部化理論でした。もしも市場が完全であるならば、そこで行われる取引にそれ以上の改善の余地はないことになりますが、実際には市場にはさまざまな不完全性が存在します。例えば、市場で知識を取引する場合には、その知識が外部に消散するというリスクが生ずることになります。これは、ライセンス市場が未成熟なためです。一方で、知識の取引を組織内部で行えば、こうした外部への消散リスクを回避することが可能となります。これは、組織内部では、知識の消散を監視、統制することが容易となるからです。このように市場は不完全であるが、組織ではその不完全性を回避することが可能となる。この点に、企業が多国籍化する最大の理由を求めたのが、内部化理論のポイントでした。こうした理論的フレームワークを持つ内部化理論は、その登場以降、多国籍企業研究をリードしてきたと言ってよいと思われます。
これに対して、その後、内部化理論とは異なる視点からの研究が行われるようになります。そうした研究の一つが、1993年にJournal of International Business Studies誌に掲載されたKogut and Zanderによる論文"Knowledge of the Firm and the Evolutionary Theory of the Multinational Corporation"でした。この論文では、企業が多国籍化するのは、市場の不完全性を回避するためではなく、組織が市場に対して優位性を持つからであることが主張されていました。また、ここでは、その優位性の一つが、暗黙知の国際移転を容易にする点にあることが述べられていました。企業が多国籍化するのは、市場の否定的な側面を避けるためではなく、肯定的な側面が創造可能となるためである。このように考えるKogut and Zanderの主張は、内部化理論とは異なる視点から、企業の多国籍化の説明を試みていたという点で新鮮な驚きを与えるものでした。この論文との出会いをきっかけとして、こうした暗黙知の移転を容易にする組織のメカニズムとは何か、それを探求してみたいと考えるようになったわけです。本書の主要な課題は、暗黙知の国際移転を容易にしている組織メカニズムについて探求することですが、こうした課題を設定する契機となったのが、この論文との出会いだったのです。
本書の刊行までには、多くの方々との出会いがありました。研究を通じた出会いは、私の貴重な財産となっています。こうした出会いを通じて、研究を重ねることのできる喜びは、何ものにも代えがたいものと言えます。今後も、こうした出会いとそこでの対話を尊重していきたいと考えています。