著者: | 渡邉 恵一 [著] |
ISBN-10: | 4-901988-05-0 |
ISBN-13: | 978-4-901988-05-6 |
判型: | A5判上製 |
刊行: | 2005年3月 |
定価: | 4,200円+税 |
殖産興業政策期から昭和恐慌期まで浅野セメントの物流システムを媒介にして産業・交通の相互促進発展の姿。 生産・流通一体不可分の関係を実証的にえぐりだしこれまでの研究史に一石を投じる労作。
渡邉 恵一
このたび、ささやかな研究ではあるが、念願の単著を上梓することがかなった。本書の課題をあえて一言でいうならば、それは近代日本の産業発展における輸送問題の大きさや重要性の検証である。
18世紀末から19世紀初めにかけてイギリスで始まった産業革命は、機械の発明や利用という技術的変革を基礎に、国民経済が資本主義システムのもとに編成された画期として理解されている。当時「世界の工場」と呼ばれたイギリスの工業生産能力は、確かに卓越したものであったかもしれない。しかし、同時代のイギリスにおいては、鉄道網や内陸水運・海運網の発達も並行して進んでおり、原料・燃料の調達、市場への製品輸送を文字どおり担ったそれらの運輸・輸送手段の存在なくしての工業発展 は考えられなかったであろう。そして、このような関係は、それに続く各国の工業化過程においても、多かれ 少なかれ共通して観察されるものであった。
こうしてみると、産業発展と交通発展の相互促進性や、生産と流通の一体不可分性は、ごく自明のことであ るように思われるが、それを一般論ではなく、個別具体的なレベルで実証的に提示した研究は意外にも少な い。それは、産業史研究と交通史研究が、少なくとも日本においては、没交渉的にそれぞれの枠組みの中で 展開してきたところに原因があるように思われる。本書は、近代日本の社会資本整備の素材供給を担った産業であり、かつ流通・輸送問題の解決が産業・ 企業の発展と密接にかかわっていたセメント工業を事例に、いわば産業史と交通史の架橋を試みた研究であ るといえよう。
さて、本書はいわゆる専門書であるが、多くの方との出会いを願って書かれた作品でもある。たとえば浅野セメントの原料調達と密接にかかわった鉄道として、本書では安蘇馬車鉄道(佐野鉄道)、青梅 鉄道、南武鉄道、五日市鉄道などが登場する。いずれも今日では首都圏の通勤・通学路線として利用されているが、それらの「産業鉄道」としての歴史に ついても興味をもっていただく機会になれば幸いである。
浅学菲才を省みず立教大学大学院経済学研究科に進学してから17年、本書の原型となるような研究構想 を経済学部助手の採用審査論文に書いてからもすでに11年が過ぎている。 まったく遅々とした歩みであり、かつての青年も妻子もちの中年になってしまったが、それなりに必要な時間と労力を費やした研究成果を世に問う機会を与えていただいた立教大学出版会をはじめとする関係各位に、なによりも感謝したい。