源氏物語の性と生誕
王朝文化史論

源氏物語の性と生誕 王朝文化史論
著者: 小嶋 菜温子 [著]
ISBN-10: 4-901988-04-2
ISBN-13: 978-4-901988-04-9
判型: A5判上製
刊行: 2004年3月
定価: 7,600円+税

物語論の現在―平安王朝の社会と文化が産み出した物語の歴史的意義を問う。『源氏物語』の性と生誕を媒介としての日本文学史・文化史の把握にとって不可欠な物語論・王朝文化史論に挑戦する意欲的な試み。

自著を語る

小嶋 菜温子

 現代の日本社会は少子化や化などに高齢化などにともなって、〈家〉といったものが揺れざるをえない状況にあります。離婚率の増加や子供の虐待問題を始め、〈家〉の崩壊につながるような事象は毎日のニュースに事欠きません。それと表裏に、父親らしさ・母親らしさなるものもまた、揺れ動いています。母性・父性の復権を唱える声もあるにはありますが、こうした社会の流れを押しとどめることは容易ではないと思われます。昔は良かった、日本の未来は暗い…と嘆く向きも少なくないかもしれません。けれどもここで立ち止まって考えてみましょう。昔は本当に良かったのでしょうか。明るい未来はないと諦めてかかる根拠は、どこにあるのでしょうか。わたくしがわたくしでありうるために、よりよい未来を構築するためにも、ここは冷静に知恵をめぐらす必要があると思われます。 客観的な事実として、そもそも〈家〉という観念はいつどこから始まったのか。
父・母・子それぞれの役割とは何か。いっぽうでそれは男・女の役割の問題とも切り離せないもののはずですが、本当の昔はどうであったのかを検証しなおしたうえで、わたくしたちの未来を語ることをしてみたい。こうした意図のもとで、文学研究の立場から日本の社会と文化にみる〈家〉の意識の成り立ちを復元しようとしたのが本書です。 本書では、〈家〉の意識の萌芽期とされる十世紀前後(平安朝)の日本文化に焦点を合せました。『源氏物語』を中心とする王朝文学を対象に、そこに描きだされる〈家〉と〈子〉の意識が現代の意識とどう繋がっているかを確かめました。子供の成育過程における父・母との関係のありかたを理解するために、生育儀礼の分布について調べました。なかでも王朝の生誕儀礼は、袴着・裳着や元服(初冠・髪上げ)などにもまして重要であったことが、『源氏物語』などで明らかです。こどもの誕生が現代では考えられぬほどの規模で祝われたということは、子どもの社会的役割の大きさ、とくに〈家〉にとっての重要性を如実に物語ります。ただし、注目されるのは、『源氏物語』などの批評的なスタンスです。それら王朝物語は〈家〉をめぐる建前に盲従するわけでなく、そうした規範的な枠組みを批評的に分析し、時に解体することも行なっているということは見逃せません。 十世紀前後の社会と文化のなかで、日本の家父長制は育まれ、〈家〉のなかの父・母・子の役割が、男・女の性差(ジェンダー)の強化と連動して明確にされていく。
そうした歴史的な経緯を背景にしながら、『源氏物語』などの想像力は、〈家〉をめぐる建前を相対化することをも試みたことになります。そして、〈家〉揺らぎのなかで懸命に生きる群像を描きだしたものでした。 昔はよかったわけではない。昔も今と同じく、〈家〉をめぐる意識には揺れが生じていた。そして、そうした揺れや葛藤を克服すべく、父・母・子それぞれがいかに互いの個性を尊重しあい愛し合えるかを追及してきたのです。〈家〉は社会を支える基盤の一つであるにしても、それだけが絶対条件なのではない。〈家〉の枠をはみだす尊い人間性の広がりが、わたくしたち一人一人を社会に繋ぎとめるような、そのような未来のビジョンを模索していくべきではないか。『源氏物語』が示すのは、そのような現代への指針であるのです。〈みやび〉で典雅な王朝絵巻と思われがちな作品ですが、そこにはきわめて深い洞察と現代的な批評がこめられている。そのことを、戦時下の『源氏物語』弾圧の検証もふくめて本書では論じました。

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