連続講演会レポート

第5回 U.S.FirstLadies&GenderNorms −米国ファーストレディとジェンダー規範−

2006年3月24日(金)15:00〜16:30
講師:カーリン・K・キャンベル博士(ミネソタ大学コミュニケーション研究科教授)

講演会ポスター1
講演会ポスター1
カーリン・K ・キャンベル博士
カーリン・K ・キャンベル博士
リフォーム・ドレスを解説
リフォーム・ドレスを解説
講演会ポスター2
講演会ポスター2

獨協大学における客員教授としての任期を終えたカーリンK. キャンベル博士は、4月の帰国を直前に控えて、日本の学生にもう一度だけフェミニズムを語った。

選ばれたテーマは、ミセス・アメリカとしての大統領夫人たち。アメリカ人女性を代表する彼女たちがなぜ、もっとも旧弊な女性像のうちに生きなければならないのか。

博士は、簡潔にまとめられた19世紀以降のフェミニズムの歴史から、〈ファースト・レディー〉という不安定で不透明な存在をあぶりだしていく。

試みに「ファースト・レディーの自立」と言ってみても、ひょっとしたらそれは、ただの自家撞着なのかもしれない。

男女同権が当たり前となった現代アメリカにおいてなお、女であることを強いられ、妻としての資質をパブリックな場で問われる彼女たちの物語は、安易なマスコミ批判だけでは事足りないのはもちろんのこと、たとえ抽象的な理論のなかに押し込めたとしても、それで片付くほどヤワなものでもないのだろう。

かつてヒラリー・クリントンは、弱気な夫に暗殺をそそのかすシェイクスピアのマクベス夫人に喩えられたが、こうした比喩がもてはやされる我々の時代は、ズボンのような〈リフォーム・ドレス〉に驚嘆したヴィクトリア朝時代から、はたしてどれくらい遠くに来たというのか。

大統領夫人という存在を媒介として19世紀と20世紀のアメリカを重ね合わせてみるとき、そこから古い染みのように浮きあがってくるのは、自由の国を覆い尽す、頑ななまでのジェンダー規範であった。

その生涯をかけてフェミニズムを推進してきた博士にしてみれば、こうした“古き悪しき”アメリカとの心理的距離は、あるいは異文化コミュニケーションの問題として捉えられるのかもしれない。

もちろん、受け入れがたい相手の内側に分け入り、そこからもう一度世界を見なおしてみることは、口で言うほどやさしいことではないだろう。

だが、倦むことなくアメリカのジェンダー規範に挑み続け、結果的には国務長官らとともに名誉博士号を授与されるなど圧倒的な栄誉に浴した知識人として壇上に屹立する博士は、あらためて今、アメリカ的価値観なるものと対話しようとしてみせる。

フェミニストの見る、他者としてのアメリカ。そのジェンダー規範の深部に踏み込もうとする過程で、キャンベル博士は、「女」という檻に幽閉されたファースト・レディたちの悲劇を目撃する。はたして、彼女たちの悲劇はどこから来たのか。

こうした、知的かつ情熱的な博士の探究は、時を経て、日本というもうひとつの他者との対話にまで及ぶ。したがって、今回の講義を振り返ってみるならば、それは刺激的な文化批判というよりもむしろ、異文化を学ぼうとする私たちとの、真剣なコミュニケーションの実践に他ならなかった。

報告/ポスターデザイン:波戸岡景太

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