2006年1月14日(土)16:00~
講師:田中優子氏(法政大学教授)



会場となった池袋キャンパスはあいにくの雨だったが、田中優子氏の語る「江戸」の物語に耳を傾けているうちに、机のわきや椅子の上におかれた参加者たちの濡れた傘やコートにすら、次第にある種の「風情」を感じてしまうから不思議なものである。
「江戸」という特異な時空間を、その内部においては「循環型社会」とし、外部、すなわち異文化とのコミュニケーションは「メディア」というキーワードで捉えてみせる田中氏の議論は、一方できわめて先端的な印象を持ちつつも、他方では、「江戸」という言葉のもつノスタルジアが、聞く側の気持ちを和ませてくれる。
会場を埋めた百人近くの参加者たちは、氏の言う「江戸」がいつしか「現在」に、そして「現在」がいつしか「江戸」へと、いわば翻訳されてしまう瞬間をなんども体験した。かつての旅人の蓑が、ふいに私たちの傘やコートとなったり、リサイクルというスローガンが、「百鬼夜行絵巻」に描かれた付喪神たちによって洒落のめされたり、そうかと思えば、江戸庶民の日常生活が、環境問題という現代の社会問題を前にして厳粛に再考されてしまう。
まさに、「江戸」という異文化とのコミュニケーションが実現したかのような二時間を、私たちは確かに共有したのである。
浮世絵や江戸の書物は、行燈の光があってこそ美しい—。そういった、ささやかだけれど重要な発見で彩られた「江戸」を語りつつも、その一方で、循環、都市、リサイクル、といった現代的なキーワードを駆使しながら「江戸」を再考する田中氏。なによりも心に残ったのは、氏が、「江戸」は単なる理想郷ではないと、何度となく私たちに注意を促していたことだ。
かつての日本では農村と都市が共存していたということを忘れてはいけない、と氏は強調する。これこそは、「江戸」という循環型社会の絶対条件なのであり、また、会の第二部として行われた「対話」のなかで渡辺憲司氏(本学教授)がいみじくも指摘したように、そうした社会を実質的に支えていた、当時の人々の差別的な棲み分けといった社会問題への目配りもまた、忘れてはならない。
社会問題のひとつとしての環境問題ではなく、今も昔も、社会と環境は、ともに抜きさしならぬ状態で私たちの前にあるということを改めて考えさせてくれる、実に貴重な講演会であった。
報告:波戸岡景太
ポスターデザイン(右中・下):山田邦博